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横浜地方裁判所小田原支部 昭和38年(ワ)55号 判決

原告

荻野長年、

被告

宗教法人曹洞宗

高田静哉

鈴木隆造

鈴木哲

主文

原告の被告曹洞宗に対する訴を却下する。

原告のその余の被告に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

(イ)  被告曹洞宗関係。「原告が神奈川県足柄上郡山北町大字三六三番地宗教法人種徳寺の代表役員の地位にあることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(ロ)  被告高田静哉、同鈴木隆造、同鈴木哲関係。「被告高田静哉同鈴木隆造、同鈴木哲は原告に対し連帯して金三一九万八〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

二、被告ら「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、原告の主張

一、被告曹洞宗は、曹洞宗に属する寺院を包括する宗派団体たる宗教法人である。原告は昭和三一年三月二八日被告曹洞宗から同宗に所属する宗教法人種徳寺の住職に任命され、同時に同宗教法人を代表し、その事務を総理する代表役員となつた。ところが、原告は昭和三八年四月二五日被告曹洞宗から管長高階瓏仙の名をもつて、種徳寺の住職を罷免する旨の同月二三日付罷免辞令書の送達を受け、住職罷免の処分を受けた。種徳寺の代表役員は、曹洞宗の宗制によりこの寺院の住職の職にある者をもつて充てる定めであるから、若し右住職罷免が有効であれば、原告は種徳寺の代表役員の地位を喪うこととなつた。

二、被告の主張二は争う。被告曹洞宗が原告を罷免するに足る理由はない。即ち、

(一)  原告は昭和三四年中寺を空けたことはなく、昭和三七年四月始めより同年六月二日まで約五八日間寺を不在にしたけれども、決して理由なく寺務を放擲していたのではない。

原告は、先住の独り息子で、昭和三一年四月一六日東京都在住の川村友子と結婚したが、故あつて昭和三六年八月一二日協議離婚した。その後、原告の許婚者杉山和子との縁談に関し二、三檀徒の反対もあり、家庭内の争いを避けるため、一時寺務を監寺に依頼して昭和三七年五月初旬から六月上旬までの約四〇日間東京都内におり、寺を不在にした。しかし、両性の平等と恋愛の自由は憲法の保障するところであるから、これに反対する一部檀徒こそ越権であり、原告としては、寺の犠牲となり、むしろ寺の平和のため一時身を逃れたのであつて、その原因は一、二の檀徒にあつたのである。原告は、その後寺が平静に帰したので、寺務に専心するつもりで、寺に復帰し、事情を打明けて檀徒総代に謝し、以後寺に在住している。原告不在中、母が監寺(慣習上の常任代務者)たる玄倉寺住職轟良信に手配しその代行により仏事に支障を来たしたことはなかつた。

(二)  原告が檀徒総代の一部などと対立することになつたのは、それらの者の非行を原告が指摘したためである。

(1) 檀徒総代の被告鈴木隆造(被告隆造という)同鈴木哲(被告哲という)は昭和三七年五月一七日ごろから、後述のとおり原告の留守に名を藉り、檀に本寺たる香集寺住職の被告高田静哉(被告高田という)をして葬式、法要、死体埋葬等を独断専行せしめ、原告の収益一切を取り上げたほか、被告隆造、同哲らは共謀して種徳寺所有の松二本(樹令一〇〇年)を盗伐して売却し、墓地隣接の原告所有農地の密柑樹数本を毀棄して墓地外に死体を埋葬するなどの不法を行つた。

(2) 原告は、被告高田の前記住職権侵害については昭和三七年一二月一三日曹洞宗宗制懲戒規定一七条一項により懲戒申立をした。

被告曹洞宗の審判機関である審事院において審議の末、昭和三八年五月二三日被告高田に対し「分限停止八月に処する」旨の審決があつた。

また被告隆造らの前記犯行について原告は同年一月から四月まで三回にわたり、横浜地方検察庁小田原支部検事に対し、森林法違反、業務妨害、業務上横領、器物毀棄、墓地埋葬規則違反などの罪名で告訴し、同検察庁で捜査中である。

(3) 被告隆造らは、昭和三七年六月初旬から執ように原告に辞職を迫り、辞職届に近い書面に署名捺印することを強要して来た。そして、同時に原告に対し、その個人財産(田畑一町六反余)について、所有権移転仮登記申請書類への署名を迫つた。原告がこれらを拒否し、原告の財産の処分ができないのにごうを煮やした被告隆造らは檀家を煽動し、虚構の事実をもつて原告の不信任に駆り立て追放を策するに至つたものである。

(三)  被告隆造らは、不信任の歎願書なる文書を被告曹洞宗に提出した。その文書の趣旨は、原告が全信徒の信頼を失つた為自ら辞意を表明したから、早く被告高田を兼務住職として任命されたいというのである。しかし、その内容の事実は全くない。被告隆造らは、作為的に事実を歪曲し、情を知らない多数檀信徒を煽動欺瞞し、右文書を作成したものであるばかりでなく、その内容自体、不信任の故に罷免を要求した趣旨ではない。また檀家の氏名を何ら掲げず、その二、三葉を置いて署名檀信徒名簿なるものがあるがこれと歎願書との間に割印がなく、両者は一体の文書といえない。しかも、右署名簿の署名は、何の為に使うか知らされずに捺印だけさせたものに過ぎない。

のみならず、古い檀家のうちには、今尚種徳寺に深い信頼を帰依を寄せ、むしろ被告高田らを排撃すべしとの声を挙げている者が相当数あり、原告に葬儀、法要を依頼して来る者が続出しているのであつて、原告は、信徒の帰依を失つたどころか、益益信頼を深めている。

しかも、住職任免規程一一条は、檀徒の不信任のほか「宗務庁において住職不適当であることを認めた」ことを要件にしているが、右の経過からみて、原告が実質上、住職として不適当とすべき根拠はない。

従つて、原告について同規程一一条による住職罷免に相当する理由は存しない。

三、原告罷免の処分は次の理由からも無効である。

(一)  住職罷免は、僧侶としての衣食の道を絶たしめる極刑であつて、俗界の解雇に相当する最高の不利益処分であるから、その発令にあたつて、罷免対象者をあらかじめ聴問し、その弁解をなさしめる機会を与えねばならない。このことは不利益処分の適法手続の要請である(憲法三一条)。しかし原告は、その機会を与えられず、事前にその理由も告げられないまま、卒然として抜打的に罷免通知を受けたものであつて手続適法の原則に違反し無効である。

(二)  住職の任免は、被告曹洞宗の宗制上、全責任役員会の合議によつて決定すべき事項である。しかるに原告に対する住職罷免は、実質上内局の一部長である庶務部長宮前鳳州の専断によつてなされた処分であつて無効である。

四、原告は、昭和三一年三月二八日以来種徳寺の住職であり、被告高田は香集寺の住職であり、被告隆造は種徳寺の責任役員たる檀家総代、被告哲は同寺の干与者である。被告高田は、種徳寺の兼務住職でも、代務者として任命された者でもなく、原告が住職として存在しかつ正規の代行者がいるため、種徳寺の檀信徒の葬儀法要等、種徳寺住職としての職務を行いえないことを知りながら、同寺院において原告の業務を妨害する意図のもとに被告隆造、同哲と共謀し昭和三六年六月初旬から昭和三八年四月三〇日まで約五〇回に亘り別紙(一)葬儀法事一覧表(原告主張)記載のとおり種徳寺檀信徒多数の葬儀法要埋葬を行い、原告の住職権を侵害した。このため原告は、自身で右の職務を行いえず、当然得べかりし御布施を収受できず、合計四四万八〇〇〇円の損害を被つた。なお御布施は、形式的には宗教法人種徳寺の収入であるが、実質的には、住職の労務に対する報酬であり住職個人の収入である。従つて、被告らの業務妨害によつて、実質上原告個人が財産上の損失を受けたこととなる。

五、被告高田、同隆造、同哲の三名は、事に托して正当の理由もなく、種徳寺檀徒多数を煽動欺罔し、被告曹洞宗と共同しあらゆる奸策を弄して原告に対し不法な罷免処分を発令せしめかつ原告の個人的生活に干渉しこれを公表した。そして、その後原告に対する右罷免が違法無効であることを知りながら引き続き種徳寺内において葬儀法要等を行つた。原告は、このような被告三名の業務妨害および不法な罷免処分によつて、北相の名刹種徳寺第一七世の住職としての名誉信用を毀損され、精神的損害を被つた。これは金二七五万円により慰藉さるべきものである。

六、被告の主張六は否認する。

七、よつて、原告は被告らに対し次のとおり請求する。

(一)  被告曹洞宗との間において原告が種徳寺の代表役員であることの確認。

(二)  その余の被告らの原告に対する合計金三一九万八〇〇〇円およびこれに対する不法行為後である本訴状送達の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払。

第三、被告の主張

一、原告の主張一は認める。

二、被告曹洞宗が原告に対し種徳寺住職罷免の処分をしたのは次のいきさつ、理由からであつて、その処分は正当である。

(一)  種徳寺は、被告曹洞宗に所属し、檀徒約四〇〇名を擁する寺院で住職の任免その他の事項は曹洞宗の宗内自治規範たる宗制の定めるところに服すべき、いわゆる被包括関係にある。

(二)  原告は、昭和三四年秋ごろから次第に寺をあけ、寺務を怠ることが多くなり、檀家の葬儀、法要等に欠礼すること数知れず、その他の寺務もかえりみず、組寺住職等の手でそれら寺務がなされる仕末であつたので、檀徒の苦情、非難が生じた。檀徒総代被告隆造、同哲、檀徒総代日吉良栄、同井上良夫、同田淵好之等は立場上痛く原告の行状を心配し、迷惑をかけた檀家にはその都度謝礼してなだめる反面、原告の反省を促した。

被告隆造は、原告の媒酌人でもあるため、心痛著しく、機会あるごとに原告に自重自戒を要望して来た。しかし、原告は、そのときは今後檀家に迷惑をかけないと約するのみで、改めることがなかつた。

(三)  昭和三六年一二月ごろ川村屋の葬儀のとき、原告が不在のため、組寺住職により葬儀がなされたが、檀徒等は原告が少しも反省しないことを怒り、辞めて貰うべきだとの声が高くなつた。被告隆造ら総代および世話人らは相談の結果、昭和三七年二月一日本寺香集寺住職である被告高田静哉(被告高田という)などに依頼して原告に反省を求めかつ総代らも檀徒の不信の声を伝えて諫言し、原告も必ず素行を改めると誓つた。しかし、同年四月三日に寺をあけ同年六月二日まで行方が判らず、その間の葬儀、法要、施餓鬼会等の行事を組寺住職により辛うじて済ませた。警察に所在捜査を依頼したり、総代などが手わけして探した末、原告が東京にいることをつきとめ、寺に連れ帰る事態が生じた。ここに至つて檀徒の怒りがその極に達した。総代世話人らは、同年六月七日種徳寺に集り、原告とその親族に意向を聞いたところ、原告とその親族は、住職を辞めてお詫びすると言明した。そこで総代らは、辞任届、後任住職任命申請手続をとつたところ、原告は、右辞任届の調印が強制されたため取消すとの書面を被告曹洞宗に差し出して問題を紛糾させた。しかし、前記辞任届などに責任役員高田義光(原告の親族)の押印が欠けている不備があつて進展しなかつた。

(四)  原告の右のような態度に檀徒大多数は、曹洞宗住職任免規程一一条に因り原告を罷免して貰うより仕方がないとの態度を決め、同年七月八日付の歎願書をもつて被告曹洞宗に対し原告に対する不信任を表示し、原告を罷免して欲しい旨の意思表示をした。

(五)  被告曹洞宗宗務庁は、事を円満に図るため同年七月一〇日原告、高田義光、被告隆造らを喚問して事情を聴取し、話し合を試みたが、原告と檀徒は対立したままで事の解決に至らなかつた。同月一二日には檀徒大多数から不信任の前記歎願書が、同年八月下旬には疎明書、同年九月中旬には檀徒総会議事録が相次いで宗務庁に提出され、檀徒の原告罷免の声が激しくなつた。

(六)  被告曹洞宗としては、できるだけ罷免を避けて、円満に事態を収拾させるよう腐心し、同年八月二〇日原告から審事院に調停申立があり、続いて紛議審判の申立があつたので、同年九月から翌三八年二月一九日までの間数回に亘り調停を試みた。しかし、原告の態度が強硬で同院も右手続を終了させた。この間原告から被告高田の懲戒申立や告訴などがあり、円満解決の望みが殆んどなくなつた。宗務庁も同年二月一五日関係人を喚問して調停を試みたが失敗に帰した。

(七)  被告曹洞宗は、原告がすでに檀徒大多数(種徳寺檀徒の届出数は二七五名であるが、実数は約四〇〇名でそのうち不信任檀徒は三三六名)から不信任されてその帰依を失つたうえ、反省もなく檀徒と事を構え、今後原告がその信を復活して円満に同寺の住職を続ける見込が立ない事態に至つたので、同寺の維持発展のためにも、宗派のためにもそのまま放置するのは不適当であると判断し、任免規定一一条に照らし同年四月二三日原告を種徳寺住職から罷免した。

住職はいわば檀信徒の信仰的支柱をなすものであるから檀信徒の全人格的信頼をえてはじめてその宗教的任務を全うしうる。もし、住職が檀信徒の帰依を失うときは、寺院存在の意義まで失われるから、宗派の健全な宗教活動を保つため宗派において住職を罷免するものとしたのが任免規程一一条である。従つて、住職不信任の表示は、宗派に対してなされれば足り、当該住職に対してなされる必要はない。

原告を罷免したことに欠けるところはない。

三、原告の主張三は争う。

(一)  被告曹洞宗は、前述のとおり、事情を十分調査し、原告の弁明をきいたうえやむを得ず、住職任免規程一一条を適用して原告を罷免したのであつて、そこに瑕疵はない。

(二)  被告曹洞宗の宗制に基く手続に従つて原告を罷免する決定がなされた。

昭和三八年四月二三日宗務総長はじめ各部長、参事で構成する庁議にはかり本件罷免を決定し、被告曹洞宗代表役員管長において罷免の通知をしたのであつて、庶務部長の専断による処分ではない。

四、原告の主張四のうち、被告高田が香集寺の住職であること、被告隆造が種徳寺の責任役員たる檀徒総代であること、被告哲が同寺干与者(檀徒総代)であること、被告高田が種徳寺の兼務住職又は代務者でなかつたこと、原告が昭和三一年三月二八日から昭和三八年四月二五日まで種徳寺住職であつたことは認める。別紙(一)葬儀法事一覧表(原告の主張)に対する答弁は、別紙(二)葬儀法事一覧表(被告の答弁)記載のとおりである。その余の事実は否認する。

五、原告の主張五は否認する。原告罷免のいきさつは被告の主張二のとおりである。

六、被告高田らが種徳寺檀徒の葬儀法要を行つたのは次のとおりの事情によつてである。即ち、(一)原告が前述のとおり再々寺を留守にしていたが、昭和三七年四月初旬から長期間、行方をくらまし、種徳寺の葬儀法要などができないので、組寺住職等(種徳寺の組寺とは神奈川県第一一教区にある寺をいい、種徳寺を含め、九ヶ寺ある。香集寺、盛翁寺、保福寺、泉蔵院、長光院、玄倉寺、円通寺、香徳院)が種徳寺総代の懇請により交替で面倒を見た。五月一六日種徳寺の施餓鬼会の際、集まつた組寺八ヶ寺の住職および種徳寺総代ほか世話人らが相談の末、組寺で引き続き世話することとし、現実の衝に当るものとして、他の職業を持たない玄倉寺住職轟良信と香徳院住職毛利定見をあて、被告高田は種徳寺の本寺住職である関係上、その責任者ということとし、爾後この申し合せに基いて被告高田が種徳寺の檀務を取り扱つた。

(二)同年六月二日原告が帰山し、六月七日原告の親族、総代世話人の集まつた席で、不行跡を詫び辞意を表明したが、間もなくその取消を主張した。このため檀徒があきれ怒り、七月一二日不信任の嘆願書が提出された。原告から七月二〇日ごろ被告隆造に九月一〇日ごろ被告高田に同被告による法要等の代行中止を求めて来た。しかし、住職と檀徒との対立が激化したさなか、原告には頼まれないとして、被告高田に法要等を求める檀徒の希望を放置できず、被告高田は組寺住職等にも相談し、神奈川県第一宗務所に伺いをたてたところ、九月一二日ごろ教区町、第一宗務所長を通じて庶務部長から檀徒の求めに応じて貰いたいとの回答の伝達を受けた。そこで被告高田も他の住職とともに右伝達に従い、種徳寺のため宗派のために種徳寺檀徒の葬儀法要等の面倒を見て来たのである。これは、宗派内の問題で、そこにおいて許される行為が一般不法行為を構成するいわれがない。

七、原告の主張七は争う。

第四、立証(省略)

理由

第一、被告曹洞宗に対する訴について

原告は本訴において宗教法人種徳寺を相手方とすることなく、宗制上種徳寺を包括する宗教法人である被告曹洞宗を相手として、原告が宗教法人種徳寺の代表役員即ち代表者の地位にあることの確認を求めている。しかし、宗教法人種徳寺は、宗教法人曹洞宗とは法律上別個独立の法人であることが成立に争いない乙一号証、二号証ならびに弁論の全趣旨により明らかであるから、原告と被告曹洞宗との間の訴訟における判決は、当然には宗教法人種徳寺に効力を及ぼさない。従つて、原告がその代表者の地位にあると主張する当該法人たる宗教法人種徳寺を訴訟当事者とすることなく、法人の代表者たる地位にあることの確認を求める原告の被告曹洞宗に対する本件訴は、たとえこの訴に応じて原告の請求を認容する判決がなされたとしても、宗教法人種徳寺との間では、何人も右判決に反する法律関係を主張することが妨げられないから、宗教法人種徳寺の代表者の地位をめぐる関係当事者の紛争を根本的に解決できず、紛争の法律的解決手段として有効適切な方法と認められない。このような訴は、即時確定の利益を欠き、不適法な訴といわねばならない(最高裁一小昭和四四年七月一〇日判決、民集二三巻八号一四二三頁参照)。

よつて、原告の被告曹洞宗に対する本件訴は却下を免れない。

第二、被告高田静哉、同鈴木隆造、同鈴木哲に対する請求について

一、(一)原告の主張四のうち、原告が昭和三一年三月二八日種徳寺住職に任ぜられ、少くとも昭和三八年四月二五日までは同寺の住職であつたこと、被告高田が香集寺の住職であつて、種徳寺の兼務住職でも、代務者でもなかつたこと、被告隆造が種徳寺の責任役員たる檀徒総代であること、被告哲が同寺干与者であること、被告高田が別紙(一)葬儀法要一覧表(原告の主張)の番号5、6、16ないし21、23、24、25、27ないし32、34、36、37、38、40、42、44、45、47欄記載の種徳寺檀信徒の葬儀法要の引導師、焼香師を勤め、戒名を授与したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いない乙一号証、甲四七号証、五四号証によれば、曹洞宗々制上、同宗の僧侶が故なく他の檀徒に対し引導師ないし焼香師となり、又は戒名その他の謚号を授与したときは懲戒に処せられること(褒賞及び懲戒規程一七条一号)、被告高田が原告の申立により昭和三八年五月一一日曹洞宗審事院において種徳寺檀徒の葬儀法要を行つたことが右懲戒規程に該当するとして懲戒を受けたこと、同被告からの右懲戒に対する覆審申立が棄却されたことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)ところで、原告は、被告高田の右葬儀等執行により自己の住職権が侵されたと主張している。原告のいう住職権が宗制上でなく、法律上いかなる性質内容であるかは必ずしも明確でないが、原告が住職であるかぎり、住職として平穏に業務を行い、収益を得ることの利益が法律上保障さるべきことは当然であり、自己の寺院檀信徒の葬儀法要等を主宰執行することが住職の業務の一内容をなすことは明らかである。特別正当な事情もなく、他の僧侶が住職の意思に反して檀信徒の葬儀法要等を執行することは、宗派内秩序に反し、その執行者が宗派内の制裁を受けてもやむをえないことである。しかし、放置すれば、宗派内秩序そのものが危険となるような異常な事態にあつては、他の僧侶の葬儀等執行が直ちに宗派内秩序をみだすものとはなし難いとしなければならない。のみならず、ある宗教上の行為が不法行為法上の責任を発生させるためには、それが宗派内秩序を乱したか否かとは別に、その行為が公序良俗に違反したこと、即ち実質的違法性を帯びることを必要とする。

(三)成立に争いない乙二七号証によつて成立を認める乙四号証、五号証の二、一〇号証の一ないし五、一三号証、一四号証の一ないし三、成立に争いない甲一号証、一五号ないし三三号証、三六号証の一ないし六、三八号証、四二号証、四六号証、四七号証、乙二七号ないし二八号証三一号ないし三四号証、証人宮前鳳洲、同渡辺正鄰の各証言、被告高田、同隆造(二回)、原告(一部)各本人尋問の結果を総合すると、昭和三五年初めごろから原告が行先を知らせずに寺を留守にすることがしばしばあつて、檀徒の葬儀法要その他寺務壇務に支障を生ぜしめたこと、とりわけ、昭和三五年二月に一五日間、同年六月三〇日から四二日間、昭和三七年四月三日から六月二日までの間原告の所在が不明で、檀徒総代らのほか警察を介しても捜索したこと、原告には婚外女性問題、負債問題があつて生活が乱れ、昭和三六年八月には妻と協議離婚をしたこと、原告に対する檀徒の批判も昂り、被告隆造ほか檀徒総代などが忠告諫言を重ね、昭和三五年八月には原告から文書による更生の誓約書を徴したこと、再々原告の進退を問題にする檀徒世話人会が開かれたこと、昭和三六年一二月の葬儀欠席を機会に原告不信の声が強まり、昭和三七年一月の世話人会でも強硬な意見が支配したが、「もう一回我慢する」ことに落着いたこと、その直後の失踪ならびに六月二日帰山後に住職辞任を承認しながら辞任を撤回したことに檀徒の感情が極度に悪化したこと、ついに昭和三七年七月八日までに檀徒大多数から原告不信任の署名が集まり、同月一二日に原告罷免の歎願書が曹洞宗宗務庁に届けられたこと、他方原告から同宗審事院に同年九月二〇日後任住職選定妨害排除の審判申立があり、審判を重ねて翌三八年四月四日申立却下の審決があつたこと、原告の失踪中、種徳寺の檀務は同寺の本寺(本家)香集寺住職被告高田ほか同一教区の組寺住職八名が代行していたが、原告の最後の失踪の際昭和三七年五月被告隆造ら総代の依頼で被告高田ほか組寺住職が相談し、被告高田を責任者としほか二名の住職が種徳寺の檀務を代行することとしたこと、昭和三七年六月二日の原告帰山後も、原告と対立する檀徒の意を受けて被告高田らが種徳寺檀徒の葬儀法要を執行したこと、原告からその中止の通告があり、昭和三八年一月九日曹洞宗審事院に被告高田について住職権侵犯による懲戒申立があり、前記の審判に至つたこと、昭和三七年秋ごろ被告高田からの問合せを受け、曹洞宗内局庶務部長は不信任の住職から葬式などして貰いたくないという檀徒の心情を察すると特別の場合だからやむをえない旨伝えたことが認められ、これに一部反する原告本人尋問の結果ならびに原告の供述を記載した各書証はそのまま採用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(四)右認定の被告高田らの葬儀等執行の経緯などの事情ならびに元来、寺院の檀徒は特別の場合を除き、基本財産、僧侶とともに寺院の構成分子をなし、檀徒の総意は寺院運営上無視すべからざるものであるところ、被告高田らの行為が概ね檀徒の総意に添つたものであつたと認められることに照らし、被告高田の葬儀等執行は公序良俗に反しないと解するのが相当である。

被告高田の自認しない別紙(一)記載の葬儀等執行も被告高田が少くも間接に関与していると認められるが、これも右と同様の評価を受けることとなる。また被告隆造、同哲は、檀徒総代として前記の経過で被告高田の葬儀等執行にかかわりを持つたにすぎないから、これをも実質的違法性を帯びるとは解されない。

従つて、仮りに原告が財産上の損害を負いかつその損害と被告らの右行為との間に因果関係が認められるとしても、原告が被告ら三名に対し不法行為による責任を求めることはできない。

二、原告の主張五のうち、原告が種徳寺住職を罷免されたこと、右罷免について被告ら三名などの行動が無関係でないこと、右罷名後も暫くは被告高田が種徳寺檀徒の葬儀等を執行したことは前述のとおり認めることができるけれども、被告らの行動は、関係深い寺の住職、檀徒総代などのそれぞれの立場において社会的に許された範囲内のものと認められるのであつて、その範囲を越えて、それらが不法行為を構成すべき実質的違法性を帯有すると認めるに足る証拠はない。

三、右の次第で、被告ら三名に対し不法行為による損害賠償を求める原告の請求は失当として棄却するほかはない。

第三、よつて、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙(一) 葬儀法事一覧表(原告の主張)

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別紙(二) 葬儀法事一覧表(被告の答弁)

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